今回は、刑法の基本原則の一つである罪刑法定主義について解説します。
意義
刑法とは、犯罪とそれに対する刑罰を定めた法律のことであり、どんな行為がどんな罰を受けるかを定めた社会のルールブックといえます。
罪刑法定主義とは、「一定の行為をもってこれを犯罪として刑罰を科すためには、あらかじめ一定の行為に対して刑罰が科せられるべきことが成文の法律によって規定されていなければならない」ということです。
簡単に言えば、「何が犯罪であるか、それに対してどんな刑罰が加えられるかを予め規定しておくという原則」と言えます。
罪刑法定主義によって、次の効果があります。
規制的機能
犯罪を規定し、それを犯した場合に刑罰が加えられると宣言することで、一般国民に対して犯罪を犯さないように警告する機能
法益保護機能
法益に対する侵害行為を犯罪として規定することで、国民の法益を守る機能
保障機能
何が犯罪かを明確に示すことで、国家権力の行使しうる範囲を限界づけ、国民の基本的人権を守る機能
沿革
罪刑法定主義の思想的始原は、1215年のマグナ・カルタにあるとされています。
そして、罪刑法定主義を明確に規定したのが1789年フランス革命人権宣言8条であり、「法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰のみを定めなければならず、何人も犯罪に先立って制定・公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。」としています。
その後、1791年のフランス憲法に盛り込まれ、各国の憲法や刑法典に採用されることになりました。
日本国での法的根拠
日本において、罪刑法定主義は憲法第31条及び同法第39条にて明記されています。
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
なお、刑法の条文には罪刑法定主義に関する規定はありませんが、これは、日本国の最高法規である憲法において罪刑法定主義が掲げられている以上、刑法においてそれを適用するのは自明の理と考えられているからと言われています。
罪刑法定主義から派生する4つの原則
慣習法の禁止
刑罰を科すには、必ず一般に公布された成文法規に根拠があることを要しており、存在が不明確な慣習法によって処罰することは許されません。
例えば、ある村では慣例として「人の物を盗んだら100叩きの刑を行う」ということが続けられていたとしても、現行法では「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」(刑法第235条)と定められていますから、これに違反する「100叩きの刑」はおこなってはいけないということになります。
ただし、権利・義務の実体関係(水利権など)や違法性を判断する場合には、慣習法を考慮することは差し支えありません。
類推解釈の禁止
類推解釈とは、刑罰法規を、その法規に用いられている語句の可能な意味の限界を超えて解釈し、法規に規定のない事実に対して適用することをいいます。
たとえば、現行の刑法では、第199条において「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」と規定されていますが、これを類推解釈し「人を殺すのも、動物を殺すのも、命を奪うことには変わりないのだから、動物を殺した人にも殺人罪を適用すべきだ!」というのが類推解釈であり、これを禁止しています。
なお、法律の解釈には、文理解釈(法文の言葉の意味や文法的な面から明らかにすること)と論理解釈(法文の意味を論理的に考えて明らかにすること)があり、類推解釈というのは論理解釈の一種になります。
このほか、論理解釈には拡大解釈(法文の言葉の意味を拡張して解釈すること)、縮小解釈(法文の言葉の意昧を縮小して解釈すること)、勿論解釈(法律の言葉から、当然前提とされているはずのものも含めて解釈すること)がありますが、これらの解釈は認められています。
遡及処罰の禁止
遡及処罰の禁止とは、刑罰法規の制定以前に行われた行為に対しては、遡ってこれを処罰することができないというもので、法的安定性と個人の自由の権利の保障という見地から導き出された原則になります。
たとえば、2017年7月13日の改正刑法において、第177条の強制性交等罪では男性も被害者とすることが出来るようになりました。
しかし、これが適用されるのは2017年7月13日以降に発生した罪に対してであり、例えば、2017年1月12日に発生した同種事件においては、男性に対する強制性交等罪は成立しないこととなります(強制わいせつ罪は成立する余地があります)。
このように、後にできた法律を、それ以前の行為に対して適用することは禁止されていますが、下記の場合には注意が必要です。
刑法第6条に該当する場合
刑法第6条では、次のように規定されています。
犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。
つまり、刑法第6条は、犯罪行為があった当時よりも刑が軽くなった場合のことを規定しています。
そもそも、遡及処罰が禁じられているのは、国民の予測を裏切って重く処罰するという不意打ちを加えるからです。
したがって、軽い刑罰法規を適用するのは、罪刑法定主義に反しないことから、事後法が行為時法より軽くなった場合は、軽い事後法が適用されることになります。
刑訴法の遡及適用
最近では、2010年4月27日に殺人罪等の公訴時効が廃止になり、また、2017年7月13日には強制性交等罪が非親告罪化したことでそれ以前の強姦罪についても非親告罪とすることとなりました。
これは、被害者やその遺族の権利を保護するという観点では歓迎されることですが、一方で、犯人の側からすれば公訴時効や親告罪の要件がなくなることで不利になります。
ここで、刑事手続きにおいて法律の遡及適用を認めることは罪刑法定主義を掲げた憲法に違反しないのか、という問題が生まれます。
実際に、公訴時効廃止を巡って争われ、最高裁の判決(H27.12.3)が出ています。
この事案は、平成9年4月に、被告人がかつて勤務していた三重県上野市(現伊賀市)のビジネスホテルで、フロント係の男性を刺殺し、売上金約160万円を奪ったとして、時効廃止後の平成25年2月に逮捕されたものです。
事件発生から約16年が経過しており、殺人罪等の公訴時効が廃止された平成22年の法改正がなければ時効が成立しているので、法の遡及処罰の原則という憲法に違反するとして被告側は無罪を主張していました。
しかし、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は「公訴時効の廃止は、行為(犯罪)時点における違法性の評価や責任の重さをさかのぼって変更するものではない」「施行の際に公訴時効が完成していない罪について改正法を適用するとしているのだから、被疑者・被告人になりうる者に既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするわけではない」という点を挙げ、被告の主張を退けました。
強姦罪の非親告罪化についての判決はまだありませんが、これと同様の理論によって遡及適用しているものと思われます。
絶対的不定期刑の禁止
絶対的不定期刑とは、服役すべき期間を裁判官の宣告によって特定せず、懲役・禁錮の期間を全く定めずに、具体的な行政の経過に任せるものをいい、これは人権の保障上許されません。
例えば、通常の裁判においては「被告人を10年の懲役に処す。」というように刑期を定めて刑が宣告されますが、「被告人を懲役に処す(ただし、被告人の刑務所での態度次第では1年の懲役になるかもしれないし、無期懲役になるかもしれないよ)。」というように、刑の宣告時に刑期を定めずに宣告することは許されないということです。
しかし、相対的不定期刑については許されており、少年犯罪においては実際に「懲役3年以上5年6月以下」というような判決が出されることがあります。
また、絶対的不定期刑に似た概念として、絶対的不確定刑というものがありますが、これは刑罰法規において刑の内容や期間を全く定めないことを意味します。
殺人罪は、刑法第199条において「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」と規定されていますが、仮に「人を殺した者は、処する。」としか規定されていなかったとしたら、どんな刑罰が下されるか明らかになっていなことになります。
これが絶対的不確定刑ということになります。
通常、「不確定刑」と言う場合には法定刑が問題とされているのに対して、「不定期刑」と言う場合には宣告刑が問題とされています。
また、罪刑法定主義の派生原理としての「絶対的不定期刑の禁止」は、「絶対的不確定刑の禁止」という意味で用いられることもあります。
参考文献

