日本の刑法は、日本において定められた法律です。
世界の各国には、それぞれの国ごとの刑法が存在します。
日本人が外国で罪を犯した場合、その日本人はどの国の法律で裁かれるのでしょうか?
今回は、刑法の適用範囲について解説します。
場所的適用範囲
属地主義
刑法第1条では次のように定められています。
第1項 この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。
第2項 日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。
日本国内(領土、領空、領海内)で行われた犯罪に対しては、行為者の国籍のいかんを問わず、我が国の刑罰法規を適用するという考え方を属地主義といいます。
また、日本国外にある船舶・日本航空機内で行われた犯罪についても、同様に、行為者の国籍のいかんを問わず、我が国の刑罰法規を適用するとされており、これを旗国主義といいます。
「国内で行われた」には、行為そのものが国内で行われた場合のみならず、行為が国外で行われ、その結果が国内で発生した場合も含まれます。
また、国外で幇助行為をした場合であっても、正犯が国内で実行行為をした場合には、幇助行為者も国内犯として処罰されるという判例もあります(最決H6.12.9)。
場所的範囲については属地主義を原則とし、これを補充するものとして、属人主義及び保護主義を併用しています。
属人主義
刑法では、第3条において日本国民の国外犯を、第3条の2において日本国民以外の者の国外犯を規定しています。
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。
(以下略)
同法第3条の2
この法律は、日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する。
(以下略)
日本国民が日本国外で一定の犯罪を犯した場合、又は日本国民以外の者が日本国外で日本国民に対して一定の犯罪を犯した場合に、我が国の刑罰法規を適用する考え方を属人主義といいます。
また、日本国民が日本国外で一定の罪を犯した場合(日本人が犯人の場合)を積極的属人主義、日本国民以外の者が日本国外で日本国民に一定の犯罪を犯した場合(日本人が被害者の場合)を消極的属人主義と言って区別しています。
積極的属人主義は、放火、殺人、略取誘拐等の社会的法益又は重要な個人法益に対する犯罪を犯した日本国民に適用され、消極的属人主義は、殺人や傷害、身の代金目的拐取、強盗等の一定の重要な個人的法益に対する侵害があった場合に日本国民以外の者についても刑法の適用を可能とするもので、日本国民の保護を図るものであるといえます。
保護主義
刑法第2条では、全ての者に対する国外犯について規定しています。
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯したすべての者に適用する。
(以下略)
一定の重要な犯罪について、国外でいかなる国籍の者が犯罪を実行しても犯人に日本の刑罰法規を適用する考え方を保護主義といいます。
これは、我が国の重要な国家的・社会的法益を保護する観点から、重要犯罪につき、我が国の刑罰法規を適用するものです。
保護主義が適用される犯罪には、内乱罪、外患誘致罪、通貨偽造・同行使罪、公文書偽造罪等があります。
また、刑法第4条では公務員の国外犯について規定しています。
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国の公務員に適用する。
(以下略)
この刑法第4条も保護主義に基づくものです(日本国の公務の適正、廉潔性の保護を目的としています)。
世界主義
刑法第4条の2では、条約による国外犯が規定されています。
第二条から前条までに規定するもののほか、この法律は、日本国外において、第二編の罪であって条約により日本国外において犯したときであっても罰すべきものとされているものを犯したすべての者に適用する。
世界共通の利益が害されるような犯罪(ハイジャック犯など)のように、国外で犯されたものであっても、国際協調の立場から犯人の国籍を問わずに刑法を適用すべきという考え方を世界主義といいます。
犯罪の場所・当事者の国籍を問わずに日本の刑法が適用されます。
場所的適用範囲のまとめ
立法主義 | 適用範囲 | 適用犯罪の例 | |
---|---|---|---|
国内犯 | 属地主義 | ・全ての国内犯 ・日本国外にある日本船舶・日本航空機内において罪を犯した者(旗国主義) | 刑法上の全ての犯罪 |
国外犯 | (積極的) 属人主義 | 国民の国外犯 | ・強制性交等罪 ・殺人罪 ・強盗罪 など |
(消極的) 属人主義 | 国民以外の国外犯で、日本国民に対してなされたもの | ・強制性交等罪 ・殺人罪 ・強盗罪 など | |
保護主義 | 全ての者の国外犯 | ・内乱罪 ・通貨偽造罪 ・公文書偽造罪 など | |
公務員の国外犯 | ・虚偽公文書作成罪 ・特別公務員暴行陵虐罪 ・収賄罪 など | ||
世界主義 | 条約による国外犯 | ・条約上、国外で犯されたものであっても罰すべきものとされている犯罪 |
時間的適用範囲
全ての刑罰法規は、その施行時から廃止時までに行われた犯罪について適用されるのが原則です。
つまり、当該刑罰法規が廃止されて効力を失った後では、これによって処罰を行うことはできません。
このため、既に起訴された事件についても処罰することはできず、裁判所は免訴の言渡しをすることになります。
ただし、廃止法に「罰則の適用については、なお従前の例による」旨の経過規定が置かれていれば、例外的に処罰可能となります。
また、犯罪行為後に法律が改正されて刑罰が変更になった場合、行為時の法律よりも裁判時の法律の方が刑罰が重くなった場合には、刑罰の軽い行為時の法律を適用します(遡及処罰の禁止)。
しかし、行為時の法律よりも裁判時の法律の方が刑罰が軽くなった場合には、刑罰の軽い裁判時の法律を適用することとしています(刑法第6条)。
犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる。
人的適用範囲
場所的・時間的範囲の要件を充足する限り、刑罰法規はいかなる人の犯罪に対しても適用されるのが原則ですが、次のような例外もあります。
まずは天皇陛下についてです。
天皇及び摂政は、その在任中に訴追されることはないということが皇室典範第21条に明記されています。
次に、外国の君主や大統領について。
外国の君主、大統領、それらの家族や従者、外国使節、外交官、それらの家族や従者、適法に国内にある外国軍隊(米軍など)の構成員も、刑法の適用は受けるものの、在任中は刑事訴追を受けることはないとされています。
裁判権に関する問題
日本人が日本国外で一定の犯罪を犯した場合には、属人主義で明らかなように日本国の刑法が適用されることとなります。
しかし、現実的な問題として、日本国外で発生した犯罪を直ちに我が国で処罰することはできません。
日本国の裁判権は日本国の統治権に基づくものであって、原則として我が国の領域内で行われ得るものです。
実際に日本の刑法を適用して日本国外にいる犯人を処罰するためには、犯人の引き渡しを受けてその身柄を日本に移送し、その後に裁判を開くこととなります。
ここで問題となるのは、「日本国外で日本人が犯した罪につき、その国で既に裁判を受けていた場合はどうなるか?」ということです。
例えば、日本人Aがアメリカ国内で殺人を犯し、アメリカ国内で逮捕された後に有罪判決を受けたとします。
つまり、この時点において日本人Aはアメリカ国内での確定裁判を経ていますので、積極的属人主義を適用して日本国内でも裁判をおこなった場合に憲法第39条に定める二重処罰の禁止に違反しないかという問題が生じます。
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
ここで重要なのが、刑法第5条の規定です。
外国において確定裁判を受けた者であっても、同一の行為について更に処罰することを妨げない。ただし、犯人が既に外国において言い渡された刑の全部又は一部の執行を受けたときは、刑の執行を減軽し、又は免除する。
これが示すところは、日本の刑法では基本的に外国裁判の効力を認めていないということです。
つまり、外国で確定裁判を受けた者であっても、同一の行為をもって我が国で再度処罰することも可能なのです。
判例では、外国の裁判権と日本国の裁判権が別のものであるという理由から、二重処罰の禁止には違反しないとしています(最大判S28.7.22)。
つまり、冒頭の「日本人が外国で罪を犯した場合、その日本人はどの国の法律で裁かれるのでしょうか?」という問いの答えは、「日本人が犯罪を犯した国の法律と、日本の法律のいずれもで裁かれる。」というのが正解です。
しかし、刑法第5条の但書きでは「犯人が既に外国で言い渡された刑の全部又は一部の執行を受けたときは、日本での裁判において刑の執行を減軽し、又は免除する」とされています。
このため、同質の犯罪を犯した場合に、国内犯と比較して国外犯の方が絶対的に刑が重くなるということはありません。
参考文献

